【相手企業の事前調査が大事な海外M&A(1)】
ベンチャー・スタートアップ・中小企業の皆さんの中には、海外展開を考えている方も多いことでしょう。
本連載では、事例を通して、海外企業との取引の際に気をつけるべきポイントをお伝えしていきます。
<事例>
日本企業A社は、タイ企業B社に主力製品の製造を委託していた。B社は同族経営で、X社長とその妻が全株式を保有していると聞いていた。
X社長は、A社に対し、「リタイアしたいので、私と妻が保有する自社の全株式をA社に1億円で譲渡したい」と伝えてきた。A社は、B社の全株式を取得して完全子会社化することにより、本格的なタイ進出の足掛かりにできると考えた。
X社長から他にもB社の株式取得を希望する企業が出ていると、決断を急がされたため、詳しい調査はせずに1億円を支払ってB社の全株式を取得した。
ところが、いざB社の経営を始めてみると、
・最近販売した製品のかなりの数が不良品として返品された。
・B社の会計書類には多くの不良在庫や不良債権が載っていた。
・解雇した社員が復職を求めてきたり、キーパーソンが辞めてしまったりで製造能力が低下した。
・B社は銀行から返済不能な多額の借り入れをしており、担保に入っていた製造施設の所有権はすでに銀行に移っていた。
結果、B社の経営はすぐに行き詰まった。A社としては騙されたも同然なので、X社長に損害賠償請求を行おうとしたが、X社長は株式対価として受領した1億円をどこかに隠し、行方不明になっていた。
日本企業によるアジア新興国を中心とした海外進出が続いていますが、現地法の検討や契約書の精査をせずに、安易にM&Aをしてしまう企業が非常に多いという現状があります。
M&Aに関する体制が整っているはずの大企業ですら失敗し、その事例が度々報道されています。
M&Aを行う場合、まずは対象会社についての事前調査(デューデリジェンス、以下「DD」)を行うことが必須です。
✔ デューデリジェンス(DD)とは 買主が、弁護士、会計士等の専門家と一緒に、ビジネス、法律、財務、税務、知的財産、労務など各分野で現地調査、担当者へのヒアリングなどを行うこと。
法務DDにおいて調査する書類は、株主総会、取締役会等の議事録、契約書、株主名簿、労務関連資料、知的財産関連資料、許認可、紛争関連書類など多岐にわたります。
では、具体的にはなにをどう見ればよいのでしょうか?
1つ目のポイントは、お金と物の流れを追うことです。
使途不明金や特別損失を見つけるためには、取引経緯を丁寧にヒアリングしなければなりません。
ヒアリングの際の手がかりとなるのが、契約書です。
例えば、対象企業がメーカーの場合、最低でも、主要取引先10社分程度(仕入先・販売先をあわせて)は契約書や請求書を確認すべきでしょう。各国の取引に関連する法律や商慣習も理解して調査する必要があります。
契約書と実態が違っていることや、契約書なしに取引しているケースも多いので、重要な取引については担当者から過去の経緯や実態をヒアリングするべきです。対象企業に不利な内容になっていないか、紛争の芽がないか、高額な違約金を請求される恐れがないか、買収後に契約の相手方から解除されるリスクはないかなどを確認します。これらをすることによって、販売先への不良債権の有無や不良品があった場合の対応についても見通しが立てられることになります。
2つ目のポイントは、人事・報酬制度や退職者リストの精査です。
買収後の成功は、事業の中心であるヒトにかかっています。どのような人事・報酬制度になっているか、それが適法に運用されているか、必要な書類は整備されているかなどを調査していきます。児童労働や違法な条件での労働が行われていると、買収した企業のレピュテーションの低下につながります。
ベトナムや中国など、解雇によるトラブルやストライキが起きやすい国においては、直近3年程度の退職者リストの精査が必要です。
退職者に順に退職理由を聞いていき、特に懲戒解雇や整理解雇が行われていた場合は、適法な解雇かどうか、解雇された者から具体的なクレームが出ていないかを確認しておくとよいでしょう。会社に労働組合がある場合、組合の委員長や幹部へのヒアリングも必要です。
買収後にキーパーソンが辞めてしまわないように、キーパーソンとの間で買収後の労働条件等について一定の合意をしておくこともあり得ます。また、社長には買収後も一定期間、相談役などのポジションを与え、会社に残ってもらうこともあり得ます。
(つづく)