ベンチャーラボ法律事務所 | 弁護士 淵邊 善彦

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2019.02.27 TOPICS

【相手企業の事前調査が大事な海外M&A(2)】

ベンチャー・スタートアップ・中小企業の経営者の皆さんの中には、

海外展開を考えている方も多いことでしょう。

本連載では、事例を通して、海外取引の際に気をつけるべきポイントを

お伝えしていきます。

<事例>

日本企業A社は、タイ企業B社に主力製品の製造を委託していた。B社は同族経営で、X社長とその妻が全株式を保有していると聞いていた。

X社長は、A社に対し、「リタイアしたいので、私と妻が保有する自社の全株式をA社に1億円で譲渡したい」と伝えてきた。A社は、B社の全株式を取得して完全子会社化することにより、本格的なタイ進出の足掛かりにできると考えた。

X社長から他にもB社の株式取得を希望する企業が出ていると、決断を急がされたため、詳しい調査はせずに1億円を支払ってB社の全株式を取得した。

ところが、いざB社の経営を始めてみると、
・最近販売した製品のかなりの数が不良品として返品された。
・B社の会計書類には多くの不良在庫や不良債権が載っていた。
・解雇した社員が復職を求めてきたり、キーパーソンが辞めてしまったりで製造能力が低下した。
・B社は銀行から返済不能な多額の借り入れをしており、担保に入っていた製造施設の所有権はすでに銀行に移っていた。

結果、B社の経営はすぐに行き詰まった。A社としては騙されたも同然なので、X社長に損害賠償請求を行おうとしたが、X社長は株式対価として受領した1億円をどこかに隠し、行方不明になっていた。


前回、法務DDにおけるポイントは、
・お金と物の流れを追うこと
・退職者リストの精査

であるとお伝えしました。


もし、ここで対象会社に重大な問題や企業価値に悪影響を与える事実が見つかってしまった場合はどうしたらよいのでしょうか?


その場合は、スキームの変更や対価を下げる交渉をし、契約書でリスクヘッジをしましょう。最悪の場合、M&Aを取りやめる勇気も必要です。


DDにおいては、売主は、買主が希望する書類をすべて開示する義務があるわけではありませんが、適正な対価で買うためには十分な情報を開示してもらい、それを精査してから決めるのは当然のことなのです。十分な開示が得られない場合、買主としては上記等同様の対応をとることになります。


実際に、私もDDの過程で対象会社に赴き工場の増設予定地を視察したところ、環境規制により増設不可能な土地だったということがわかりました。契約締結寸前でしたが、結果的にM&Aを取りやめました。また、環境汚染が見つかった場合も、その汚染の範囲や浄化費用の予測が難しく、交渉が難航することがよくあります。特に新興国の場合、環境基準が不明確だったり、運用が恣意的だったりしてリスクが大きくなりがちです。


買主は、DDにおいて売主側の秘密書類や工場を調査するにあたって遠慮する必要は全くありません。M&Aの条件を交渉するうえで必要な調査であることを説得して、なるべく広く開示を受けるべきです。銀行からの借り入れが多い会社では、工場の敷地や製造設備が担保に入っていることもよくあります。担保権を実行されてしまうと、製造が止まってしまう恐れがあるので注意が必要です。


特にアジアの新興国では、各々独自のルールがあり、その運用も恣意的なケースが多いです。また、日本のようには登記制度が整っていないので、対象会社の資産の状況や財務状態等などについて公的に入手できる情報も限られています。


頼りにできるのは、対象会社が作成している会計帳簿類ですが、税務署用、銀行用などいくつも用意してあるケースなどがあり、正確な財務状態をつかむことは容易ではありません。


会計帳簿類に計上されている在庫(棚卸資産)と実際の在庫の状況や評価が合致しているかなど、自ら現地で確認して担保するしかないといっても過言ではありません。売れるはずのない商品や回収されるはずのない売掛債権が会計帳簿上は資産として計上されていることもよくあります。


また、子会社や関連会社に不良在庫や不良債権、含み損のある資産などが飛ばされているケースや、子会社に多額の債務があるケース、子会社を通じて債務の保証行為を行っているケースもありますので、特に注意が必要です。


対象企業の取引銀行へのヒアリング(取引状況や担保差し入れの有無などについての確認)も含めた、信用調査もできる限り行いたいものです。これは、自社の取引金融機関のネットワークや現地の信用調査会社を通じてできる場合があります。どのタイミングで自社の取引金融機関にM&Aの検討について知らせるかは難しい問題ですが、対象企業の信用調査はできるだけ早い段階で行いたいものです。


また、他社の知的財産権を侵害していないか反社会的勢力との付き合いがないか、外国公務員の汚職に関与していないか、税金の未払いはないか、など、他にも現地の専門家に調査を依頼したり、自ら調査に行ったりして詳しく調べないとわからない点がたくさんあるのです。対象企業の製品が他社の知的財産権を侵害している場合は、その製品は製造。・販売を差し止められたり、多額の損害賠償を請求されたりする恐れがあります。反社会的勢力との取引がある場合や外国公務員の汚職に関与している場合は、将来トラブルになる恐れが高いだけでなく、レピュテーション上の大きなリスクを抱えることになります。これらの問題が見つかると、短期間で解消することは難しく、また、対価の調整や契約上のリスクヘッジも難しいため、M&Aが取りやめになる可能性が高くなります。

(つづく)

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